古代を巡る旅

古代を巡る旅

熊野有馬で、神格「結速玉」が創造された

熊野の古代を辿る熊野有馬は四回目の訪問です。伊勢神宮から新宮方面へ車を走らせていた時に、「花の窟」という看板が目に入りました。何か、花に関連する公園か何かと思い着くと、そこには神社があり、その神社境内には白い崖がそびえていました。何だ此処は...
北上の謎

瓊瓊杵尊が木花開耶姫と出会った笠沙の岬は二つある

笠狭・笠沙はどこでしょうか?瓊瓊杵が木花開耶姫と出会い結ばれた場所は笠沙(笠狭)の地であると古事記、日本書紀の両方に述べられています。では、どこにあるのでしょうか?二つの場所に行ってみました。内容1.笠狭の岬とは2.延岡の笠狭山(現愛宕山展...
北上の謎

瓊瓊杵尊のお墓は三つ 何処が本物?

天孫降臨は瓊瓊杵尊が高千穂峰に降り立つところから始まります。・先ず瓊瓊杵(ににぎ)が笠沙の地で木花開耶姫を娶り、三人の子をもうけます。・子の山幸彦(彦火火出見尊)は海に住む豊玉姫と結ばれ、鵜葺草葺不合命をもうけます。・孫の鵜葺草葺不合命は母...
古代を巡る旅

熊野三神から熊野三山へ

熊野三神は、海、滝、川などの自然信仰に結速玉と結びつきました。縄文には、本つ神、地母神がいました。稲作とともに新しい神(弥生の神=結速玉)は新来の神、今来の神です。有馬、熊野川河口部から上流に広がる地域に広がります。熊野速玉大社は「海」・河...
古代を巡る旅

熊野と出雲・徐福

鉄が結ぶ熊野波田須と奥出雲奥出雲の田部家はたたら製鉄を栄えさせてきた一族があります。その田部家の関係者から、「田部家の祖先は熊野水軍である」というお話を直接うかがいました。徐福が熊野の波田須に上陸して、製鉄を伝えたという伝承があります。焼き...
古代を巡る旅

2025年5月 北部九州~山口 遺跡の旅

今回の目的の一つは神武東征の瀬戸内の事跡を巡ることでしたが、それ以外にも古代にまつわる処を巡りました。1.伊都国歴史博物館2.岩戸山古墳(九州八女市)3.今城塚古墳(継体天皇陵)4.長田古墳の発掘状況5.土井ヶ浜遺跡1.伊都国歴史博物館20...
北上の謎

山幸彦と海幸彦の物語は、天孫族と隼人族の争い

日向三代の御陵、遺跡図宮崎説は青、薩摩説は赤で示します。宮内庁は明治7年の薩摩案で決めた後、徐々に宮崎・日向説(従来説)に戻っているようです。内容1.海幸彦と山幸彦は血を分けた兄弟か?2.山幸彦の御陵は高屋神社・高屋山稜(宮崎)・那岐(ナギ...
北上の謎

ウガヤ(鵜葺草葺不合命)の宮殿とお墓です

日向三代の御陵、遺跡図宮崎説は青、薩摩説は赤で示します。宮内庁は明治7年の薩摩案で決めた後、徐々に宮崎・日向説(従来説)に戻っているようです。内容1.宮崎・日向説・砂土原聖地はウガヤの宮殿跡・鵜戸神宮に吾平山稜(参考地)があります・佐土原町...
古代を巡る旅

吉野川を忌部氏と共に下る

四国吉野川は、中央構造線に沿って流れます。川沿いには、忌部氏に関連した神社が点在し、紀伊水道を挟んで紀伊半島につながります。忌部氏はヤマト王権で重要な地位を占めていたようですが、日本神話作りに大いに関係したのでしょう。ここでは、吉野川に沿っ...
古代を巡る旅

国生みの現場を巡る 淡路島・沼島

国生みとは伊弉諾(伊邪那岐)と伊弉冉(伊邪那美)が海を鉾でぐるぐるかき回して、滴った海水が固まって出来たのが、「おのころ(磤馭慮)島」です。二人は天に届く柱を作り立派な神殿(八尋)を建ててからその島をぐるっと回って、出会ったときに先に声を発...