熊野の古代

幾重にも時が重なる熊野は、古代から現代まで人々が行き交います。
古代の様相はこうだったのではないかと推測、想像しています。

投稿をまとめて、徐福と製鉄、イザナギと速玉之男神の一文を付け加えました。
熊野の古代を考えるには、一読ください。

熊野の古代を辿る

古代を巡る旅

熊野有馬で、神格「結速玉」が創造された

熊野の古代を辿る熊野有馬は四回目の訪問です。伊勢神宮から新宮方面へ車を走らせていた時に、「花の窟」という看板が目に入りました。何か、花に関連する公園か何かと思い着くと、そこには神社があり、その神社境内には白い崖がそびえていました。何だ此処は...
古代を巡る旅

熊野三神から熊野三山へ

熊野三神は、海、滝、川などの自然信仰に結速玉と結びつきました。縄文には、本つ神、地母神がいました。稲作とともに新しい神(弥生の神=結速玉)は新来の神、今来の神です。有馬、熊野川河口部から上流に広がる地域に広がります。熊野速玉大社は「海」・河...
古代を巡る旅

熊野と出雲・徐福

鉄が結ぶ熊野波田須と奥出雲奥出雲の田部家はたたら製鉄を栄えさせてきた一族があります。その田部家の関係者から、「田部家の祖先は熊野水軍である」というお話を直接うかがいました。徐福が熊野の波田須に上陸して、製鉄を伝えたという伝承があります。焼き...