西忠行

古代を巡る旅

吉野川を忌部氏と共に下る

四国吉野川は、中央構造線に沿って流れます。川沿いには、忌部氏に関連した神社が点在し、紀伊水道を挟んで紀伊半島につながります。忌部氏はヤマト王権で重要な地位を占めていたようですが、日本神話作りに大いに関係したのでしょう。ここでは、吉野川に沿っ...
古代を巡る旅

国生みの現場を巡る 淡路島・沼島

国生みとは伊弉諾(伊邪那岐)と伊弉冉(伊邪那美)が海を鉾でぐるぐるかき回して、滴った海水が固まって出来たのが、「おのころ(磤馭慮)島」です。二人は天に届く柱を作り立派な神殿(八尋)を建ててからその島をぐるっと回って、出会ったときに先に声を発...
今を旅する

2024秋 四国・淡路島の旅

11月中旬から末にかけて、久しぶりの四国・淡路島を訪ねて来ました。10年ほどまえに、四国八十八箇所を巡りましたが、方丈号としては、初めての四国旅です。淡路島では国生み伝説の現場を訪れました。伊邪那岐を祀っている伊弉諾神社、天の鉾から垂れて出...
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2024秋 東洋のマチュピチュ

「別子銅山」は、住友グループ発祥の地である四国新居浜にあります。年表では江戸期からとなっていますが、実際には戦国時代末期から銅を掘り始めたようです。長きに亘り、住友と国は富を得てきました。今でも住友グループに入ると、ここを訪れる新人、幹部が...
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2024秋 モネの庭 四国・淡路の旅

高知市と室戸岬のあいだに、「モネの庭」がありました。印象派のモネはお気に入りですが、そのモネは庭を造り、その風景を元に「睡蓮」を連作しました。その庭を正式な許可を得て、北川村「モネの庭」として、此処に再現しています。もう20年以上の歴史を持...
持統の生涯を方丈号で辿る 「さららの懐いと想い」

持統の生涯を方丈号で辿る はじめに・序章

はじめに持統の生涯を方丈号で辿る ーさららの懐いと想いー古代を巡るキャンピングカー旅を始めて8年目になります。最初の長旅で、まだ行ったことのない熊野を目指したところ、海岸沿いに「花の窟」という聞いたことのない神社を見つけました。「花」に関係...
持統の生涯を方丈号で辿る 「さららの懐いと想い」

持統の生涯を方丈号で辿る  目次

目次 第1章 鸕野讚良皇女(うののさららひめみこ)誕生1.“さらら”の由来讃良郡がさらら”の由来/広い讃良郡は「廣野」と呼ばれる/“さらら”はお気に入り2.祖父の庇護と馬飼族祖父倉山田石川麻呂の庇護/馬飼い族に育てられる3.河内は渡来人と先...
持統の生涯を方丈号で辿る 「さららの懐いと想い」

第1章 鸕野讚良皇女(うののさららひめみこ)誕生

第1章 鸕野讚良皇女(うののさららひめみこ)誕生1.讃良郡が“さらら”の由来讃良郡(さららぐん)は、広い野原(廣野)赤枠部が”河内国讚良郡(さららこおり)です。現在の四条畷市とその周辺を合わせた地域です。そして、讃良郡に“うの”(鸕野)とい...
持統の生涯を方丈号で辿る 「さららの懐いと想い」

付記1 蔀屋北遺跡の馬

付記1     蔀屋北遺跡の馬Topへ  目次へ
持統の生涯を方丈号で辿る 「さららの懐いと想い」

第2章 悲しみと喜び

第2章 悲しみと喜び4.祖父と母が相次いで亡くなる祖父は謀殺(649)、母も世を去る(650頃)そして、悲劇が訪れます。西暦649年に、祖父が異母弟の蘇我日向の讒言により中大兄皇子と孝徳天皇に謀られ、山田寺で一族を道連れに自殺に追い込まれて...