持統の生涯を方丈号で辿る 「さららの懐いと想い」

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第6章 吉野逃避と壬申の乱、天武即位

第6章 吉野逃避と壬申の乱、天武即位19.大津京で律令体制推進大津は交通の要衝西の瀬戸内海側から攻め込まれても、日本海にも、東海地方にも、奈良地方にも逃げられます。百済人集落がすぐ北白村江の戦いで敗れ、大量の百済人が大津京の北側に集落を作り...
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第7章 国造りは途上、夫と息子を亡くす

第7章 国造りは途上、夫と息子を亡くす23.天武即位して国造り開始国造りの施策は前もって考えてあった西暦673年に大海人皇子が天武天皇になってからは、二人で構想した国造りの実現に奔走しました。・官僚の育成(官人、畿外豪族の出仕化)・竜田祭と...
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第8章 即位して遺志を継続、でも後継者が不安

第8章 即位して遺志を継続、でも後継者が不安26.国造りに邁進する今も続く即位儀礼 八八八・・・八ばかり大津皇子を殺したのにそれにめげず、天武が亡くなってすぐに臨朝称制、即位せずに政務を始めました。正式に即位したのは、西暦690年です。その...
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付記4 八にこだわる

付記4 八にこだわる「八」は、最高の数「八」、数の神秘「八」として伝わります。中国の古代では全宇宙を八角形として捉えていたようです。八柱は宇宙を支える想像上の柱です。八角形は、東西南北とその中間を合わせて八方向を表現しているので、神聖な形で...
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第9章 吉野宮滝から高天原へ

第9章 吉野宮滝から高天原へ30.命溢れる熊野熊野は自然信仰の聖地http://熊野速玉大社熊野は山に囲まれ水が豊富で、命が溢れています。日本列島に広く根付いている自然信仰の象徴の地であり、熊野は神武以前から、出雲日本海勢力で発展した“鉄農...
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付記5 伊邪那美(イザナミ)と伊邪那岐(イザナギ)

付記5 伊邪那美(イザナミ)と伊邪那岐(イザナギ)熊野には南方から黒潮に乗って海の民がやって来ていました。何故危険な海を渡って、わざわざやってくるのでしょうか?それは、日が昇る海の向こうには何があるのか確かめたい、東に向かって進みたいという...
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第10章 言霊で天皇の権威を国々に広げる

第10章 言霊で天皇の権威を国々に広げる柿本人麻呂と原万葉集を編纂天孫族の統治正統性を広めるため、宮廷歌人の柿本人麻呂に天皇賛歌の歌と歴代大王などの歌をまとめて初の勅撰和歌集である万葉集を編纂したと考えます。万葉集巻1の1から53番目までの...
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付記6 原万葉集 勝手分析

付記6 原万葉集 勝手分析原万葉集の特徴・冒頭の歌は雄略大王で、この世は全て大王である自分のものだと強調しています。雄略は葛城山で素戔嗚系の一言主(素戔嗚系)に出会い一緒に遊ぶという故事は、ブロ ッケン現象を元にしていますが、一人が二人に分...
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持統年表