古代を巡る旅

古代を巡る旅

丹生川上神社 ①自然崇拝の代表格(縄文~弥生) 紀伊半島一周の旅

吉野は幾重にも時代が重なり交じり合っています。その交じり合いを下の四つの時代に分けて、代表する史跡を巡りその実相に触れました。ご覧ください。①自然崇拝期     ~AD3世紀くらい迄は、水中心の自然崇拝と祖霊信仰でした。②出雲勢力浸透期  ...
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亀の瀬で「古代、奈良盆地は奈良湖だった」を再確認 紀伊半島一周の旅

亀の瀬は生駒山地と金剛山地の間を流れる大和川の渓谷で、奈良盆地と大阪湾を結ぶ、古来からある交通の要衝です。写真を見ると判るように、かなり急流であり、ここを船で通るのはなかなか技量が必要だろうと感じました。又、ここは大規模な山崩れがあり鉄道ト...
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花の窟と産田神社は稲でつながる 紀伊半島一周の旅

古代に興味を持つきっかけとなった場所、六年ぶりの花の窟です。宮司さんがご親切に、古代米、剥がれ落ちた岩、地元の研究家(桐村英一郎さん)の事などを教えてくださいました。「イザナミの王国 熊野」を書かれた桐村さんは、徐福伝説上陸の地、町にお住ま...
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壬申の乱 大海人と”さらら”が祈り守ったのは? 紀伊半島一周の旅

※訪問順で記載しています。桑名と朝明郡が前後しています。”さらら”(持統)は桑名で後方支援壬申の乱のとき、二人は吉野から東に向かい伊勢湾(熊野灘)に到着しました。そこで、二人は朝明郡で勝利祈願を行い、”さらら”は交通の要衝である桑名で後方支...
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大伯(大来)皇女と大津皇子の姉弟 紀伊半島一周の旅

伊勢斎宮跡と葛城二上山です。大津皇子は川島皇子の讒言により謀反の疑いをかけられ、天武が亡くなり三週間後には捕らえられて自死を強要された、と伝えられます。686年のことです。疑いをかけられた発端は、斎王である姉の大伯(大来)皇女に会いに行き、...
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卑弥呼のお墓に登った

TOPに戻る「卑弥呼の墓は朝倉にある」ならば、行ってみようと言う事で、九州旅で朝倉周辺を訪ねました。初めての土地です。筑後川の北側に広がる平野部とその背後には山々が連なります。大水害にあったのは5年前ですが、市内にはその痕跡はありません。山...
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卑弥呼の墓は朝倉にある

TOPに戻る九州旅では、「第2回あさくら祭り」で、「卑弥呼の墓は朝倉にある」と言う講演会を聞きました。当日の資料を添付します。よく整理されていてわかりやすいと思います。講演会で私が理解したポイントは次の通り。・邪馬台国は朝倉市一帯に在った。...
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都井岬の野生馬と蔀屋北遺跡の馬、そして寒立馬も 2022.11

TOPに戻る九州旅の目的の一つは、都井岬の野生馬を実際に見ることでした。神武東征の孔舎衙の戦場の傍に、大阪府四条畷の蔀屋北遺跡があることを知り、そこでは馬の全体骨格”が発掘されていました。この馬は大陸の蒙古馬が半島を経由してきていました。そ...
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日向三代に会いたかったが、護衛艦に会った 2022.11

TOPに戻る瓊瓊杵、山幸彦、ウガヤフキアエズの三代に会おうと巡りました。何処までが本当で、創り事なのでしょうか?高千穂から西都原古墳群、青島神社、鵜戸神宮と代が下るごとに南下します。3世紀半ばのだいたい30年間で三代が継がれましたので、実際...
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高千穂で遊ぶ 2022.11

TOPに戻る11月の九州旅の「高千穂で遊ぶ」です。高千穂は二つあります。宮崎県北部の高千穂町と南部霧島連峰の韓国岳を中心とするエリアです。奈良時代前の北の高千穂は、阿蘇山から東南の日向、肥後の両国にまたがる広いエリアでした。縄文時代から弥生...