辿辿記

古代を巡る旅

世尊寺(吉野寺)、勝手神社(五節舞)、浄御原神社(国栖奏) ③ヤマト王権の時代 紀伊半島一周の旅

世尊寺(吉野寺)御朱印を戴きに上がったら、住職さんが本堂まで上げてくださり説明をしていただきました。吉野寺からの歴史と、この辺りのお祭りはたいそう賑やかで喧嘩が始まるほどだったそうです。丹生川上神社の小川まつりのようです。(丹生川上神社編に...
古代を巡る旅

大名持神社と吉水神社の銅鐸 ②出雲勢力浸透期  伊半島一周の旅

②出雲勢力浸透期の代表格は、大名持神社と吉水神社の銅鐸です。又、この一帯は飛鳥時代には蘇我氏の所領となっています。大名持神社です。吉野川沿いの旧伊勢街道と旧東熊野街道の分岐点で、後背地に妹山(260m)がありご神体となっています。祭神は大名...
古代を巡る旅

丹生川上神社 ①自然崇拝の代表格(縄文~弥生) 紀伊半島一周の旅

吉野は幾重にも時代が重なり交じり合っています。その交じり合いを下の四つの時代に分けて、代表する史跡を巡りその実相に触れました。ご覧ください。①自然崇拝期     ~AD3世紀くらい迄は、水中心の自然崇拝と祖霊信仰でした。②出雲勢力浸透期  ...
古代を巡る旅

亀の瀬で「古代、奈良盆地は奈良湖だった」を再確認 紀伊半島一周の旅

亀の瀬は生駒山地と金剛山地の間を流れる大和川の渓谷で、奈良盆地と大阪湾を結ぶ、古来からある交通の要衝です。写真を見ると判るように、かなり急流であり、ここを船で通るのはなかなか技量が必要だろうと感じました。又、ここは大規模な山崩れがあり鉄道ト...
古代を巡る旅

花の窟と産田神社は稲でつながる 紀伊半島一周の旅

古代に興味を持つきっかけとなった場所、六年ぶりの花の窟です。宮司さんがご親切に、古代米、剥がれ落ちた岩、地元の研究家(桐村英一郎さん)の事などを教えてくださいました。「イザナミの王国 熊野」を書かれた桐村さんは、徐福伝説上陸の地、町にお住ま...
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壬申の乱 大海人と”さらら”が祈り守ったのは? 紀伊半島一周の旅

※訪問順で記載しています。桑名と朝明郡が前後しています。”さらら”(持統)は桑名で後方支援壬申の乱のとき、二人は吉野から東に向かい伊勢湾(熊野灘)に到着しました。そこで、二人は朝明郡で勝利祈願を行い、”さらら”は交通の要衝である桑名で後方支...
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美味しい食事 紀伊半島一周の旅

それぞれの地で戴きました。全部ではないですが、日にち順です。
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大伯(大来)皇女と大津皇子の姉弟 紀伊半島一周の旅

伊勢斎宮跡と葛城二上山です。大津皇子は川島皇子の讒言により謀反の疑いをかけられ、天武が亡くなり三週間後には捕らえられて自死を強要された、と伝えられます。686年のことです。疑いをかけられた発端は、斎王である姉の大伯(大来)皇女に会いに行き、...
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2023年春、最後を飾る「美濃~南信州」

美濃~南信州の旅(2023.4)4月は、愛知・岐阜から南信州を一週間かけて巡ってきました。紅葉で有名な香嵐渓の新緑を歩いて、百年草のランチを戴きました。そして、予約なしでジブリパークをて歩き、名古屋時代を思い出しました。愛知・岐阜と言えば、...
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九州旅 まとめ

TOPに戻る11月に九州を回ってきました。大阪までは高速道路、大阪南港と新門司港はフェリーで往復しました。九州朝倉市のあさくら祭りで、「卑弥呼の墓は朝倉にある」講演会を聞いたり、博多ラーメンを食べたり、宿泊地に夜に到着してありあわせのレトル...