- 第1章 鸕野讚良皇女(うののさららひめみこ)誕生
1.“さらら”の由来
讃良郡がさらら”の由来/広い讃良郡は「廣野」と呼ばれる/“さらら”はお気に入り
2.祖父の庇護と馬飼族
祖父倉山田石川麻呂の庇護/馬飼い族に育てられる
3.河内は渡来人と先祖の通り道
渡来人の馬飼い族が日向からやって来た/神武の戦場(孔舎衙の戦い)が近い/饒速日が降り立った(250年頃)/饒速日と長髄彦(280年頃)の拠点が近い/平群は倭健(やまとたける)の歌でも知られる
「聡明な少女に育った」
- 第2章 悲しみと喜び
4.祖父と母が相次いで亡くなる
祖父は謀殺(649)、母も世を去る(650頃)祖母斉明が救い
5.大海人皇子と結ばれる(657年)
国難が二人の絆を強くした/夫大海人皇子は最高
6.策謀渦巻く時代
蘇我・物部戦争(587年)/崇峻暗殺(592年)/山背一家皆殺し(643年)乙巳の変は藤原・蘇我の主導権争い(645年)/逃げた古人大兄皇子は攻め殺される(645年)/難波宮遷都(652年)と皇徳追放(655年)/斉明に不満を漏らしたとされた有馬皇子(658年)/祖父倉山田石川麻呂が謀殺される(649年)/
「王権の歴史と策謀の世界を意識する」 - 第3章 飛鳥を改造する斉明
7.皇極時代から雨乞い儀式
南無天(なもで)踊り/水と龍(龍神)
8.たわぶれごころの溝(人工運河)と水の施設
狂心の渠(たわぶれごころのみぞ)/酒船石と石垣遺構・・・石の山丘の一部/亀形石造物・・・祈りの場
9.前方後円墳から八角墳へ
夫舒明のお墓を八角墳にした/現人神は八角墳に埋葬する
10.神仙境宮滝に吉野宮を建てた
急流宮滝と水の祭祀/神仙境に吉野宮を建てた/此処は神武東征の通り
「斉明のカリスマ性を継承する」 - 第4章 九州遠征で知る先祖
11.百済救済のため総力を挙げた
斉明、中大兄皇子は百済びいき/主要皇族を引き連れた/1万2千人の軍勢が東から西へ
12.草壁皇子を産んだが、大津皇子も生まれた
13.筑後川沿いの朝倉に陣を敷いた
斉明は天照を祀る麻氐良布神社で戦勝祈願をした/天照は卑弥呼、そのお墓がある
14.天孫降臨の地にも赴いた
天孫降臨の地/高千穂峡を訪れた/瓊瓊杵と木花開耶姫の物語/日向で、景行と倭建に祈った/仁徳皇后のお墓に詣でた/牧場も訪れた
「邪馬台国と天孫神話を実感した」
- 第5章 白村江完敗して、”国家”を意識する
15.斉明を亡くす
16.白村江で完敗し逃げ帰る
白村江の戦いは完敗/中大兄皇子は大津宮に逃げ帰る/太宰府に水城と各地に山城を造る/鎌足は記録されない
17.国家を構想する
「正統史書(日本書紀)には卑弥呼も邪馬台国も無い/魏国に屈した卑弥呼/卑弥呼は退場し天照が登場する/伊邪那美は熊野で稲作を始めた/“さらら”は、自身を神功皇后にも重ねた
18.現人神の下、「日本」を創る
「日本」を創る/大国主が自然信仰の象徴/天皇は現人神、天照から始まる/神仙思想も仏教も利用した/三種の神器/現人神は八角墳に埋葬する(前述)
「夫大海人皇子と新たな国造りを決意」
- 第6章 吉野逃避と壬申の乱、天武即位
19.大津京で律令体制推進
大津は交通の要衝/百済人集落がすぐ北/渡来人は官僚に登用
20.吉野に夫大海人皇子と逃げる
大友皇子に執着する天智、鎌足の死兄弟は仲が悪い、天智に嫌気を刺していた
21.吉野で先祖を学び、味方を増やす
勝手神社で五節舞/国栖人を味方に付ける/役小角が情報戦を制す
22.壬申の乱では、九州と同様に天照に戦勝祈願
遙拝所/聖武天皇/津で匿う/不破関/唐橋
「やられたらやり返す、たとえ父親でも」 - 第7章 国造りは途上、夫と息子を亡くす
23.天武即位して国造り開始
国造りの施策は前もって考えてあった/日本書紀編纂/古事記編纂
24.天武が亡くなる、後継者は?
天武にお願い 吉野の盟約/夫の快癒を願う/天武が亡くなる
25.焦燥と暴走
大津皇子を謀殺/則天武后(武則天)が影響?/草壁皇子も死んだ/哀れな母鬼/自ら即位、孫の軽皇子に望み
「“さらら”はしたたか」 - 第8章 即位して遺志を継続、でも後継者が不安
26.国造りに邁進する
今も続く即位儀礼 八八八・・・八ばかり/伊勢神宮「式年遷宮」、考えたのは天武、始めたのは“さらら”/新益京(藤原京)を造りたい/日本書紀編纂を加速する/”さらら”は国造りに邁進する、でも不安
27.父子直系相続を根幹とする
後継争いを悔悟?/父子直系相続を創造する/軽皇子は直系父子相続で天孫相続
”さらら”が敷いたレール
28.不比等登場
行政官不比等/“さらら”に取り入る/藤原氏が大事
29.軽皇子即位、”さらら”は上皇へ
軽皇子は直系父子相続で天孫相続/”さらら”は上皇へ/軽皇子即位
「”さらら”は、孫の”文武”に託す」
- 第9章 吉野宮滝から高天原へ
30.命溢れる熊野
熊野は自然信仰の聖地/伊勢神宮に天照を祀る/熊野に伊邪那美を葬る/山の民と海の民が交わる命の原点/熊野を訪れた“さらら”と大海人皇
31.吉野宮滝での懐いと想い 行幸31回
何しに行った?/歴代大王も訪れた、そして祖父の所領/九州高千穂と酷似する/啓示を受ける/神武東征 熊野ルートを創作する/役小角と神仏習合を進める/天武との構想を総仕上げ/日本書紀は此処で完成した
「自らを天照に重ね、“さらら”から“廣野”へ」
もう、“さらら”とは呼ばれない/“さらら”から高天原廣野姫天皇
- 第10章 言霊で天皇の権威を国々に広げる
柿本人麻呂と原万葉集を編纂/原万葉集は大王・天皇を現人神と讃える/舒明と倭建は国見して歌った/”さらら”は香具山で、舒明と倭建に重ねた/原万葉集の特徴/関係者7人の歌一覧
付表1 持統年表
付表2 半島との争い


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